xxxx年 12月 25日

鉄条網の檻の隙間から、光を失った粒子が零れて蒼空の底に消えた。
水の中の砂糖菓子doceが崩れるように、音もなく。
あなたの目の前で生じた現象、それは結局、ただそれだけのものだった。

その静かな光景に反して、頭上の摩天楼群はアラート音を繰り返し続ける。
咎人を嘆き、追い求め、責め立てる。


(雑音)

(雑音)



(……雑音)






(…雑音!)







(雑音!!)

雑音ホワイトノイズ

共鳴音ハウリング

それを機に、急に辺りが静まった。
アラートに慣れ始めた耳には痛いほどの沈黙。

『……すまない、予定よりもずっと手間取ってしまった。
 遅くなってしまったね。 だが、思った以上の成果だ』

辺りに姿は見えないが、その声に聞き覚えのある者は、
顔を思い出せずとも、社の一員らしき服装、胸元のIDカード、それらを思い起こす者はいるだろう。

『まずは礼を言わないといけない。君たちにとっては、あまりに不条理な願いだったろう。
 わたしが残してしまった、「あの子」の最期の記憶コード。君たちは、それをわたしの代わりに壊してくれた』

『……ありがとう』

声は、第6区の中心、鉄条網の檻から聞こえてくるようだが
残響により、次第にそれも曖昧になる。

『アラートも解除されたようだね。君たちは何を咎められることもなく、無事に家に帰ることが出来るはずだ。
 いや……』




『君たちが望むのなら、企業に多大な慰謝料を吹っ掛けることだって、できるだろうね。
 不当な契約を結ばされた、事前説明のない危険な業務に従事させられた、とか、適当に主張してみればいい。
 向こうもイヤとは言えないはずだ。何せ、いまやあの企業は、未曽有の存続の危機に瀕しているのだから』

経済の壊滅的な破綻により、肥大した少数の巨大企業メガコーポレーションが政府よりも実質的な力を持ちはじめた時代だ。
その一つが転覆するとなれば、現実世界では相当の混沌てんやわんやが生じている事だろう。

その大きな転機が、まさに今、起こったというならば、
つまり、答えはひとつ。
「最大の機密事項タブーが破壊された混乱に乗じて、企業がこれまでに抱えていた膨大な量の不正がリークした」ということ、

《この男に、何もかも利用されていた》ということだ。

『…そうだね、君たちが噂に聞いていた「企業スパイ」というのは、たぶん、わたしたちのことだろう。
 わたしの他にも、あの企業に恨みや怒りを持つ者は複数いる。
 味方は、探せばいくらでも見つかったよ』





『……妻と、子がいてね。
 その不可解な事故死の元凶が、あの企業だと知った。
 あらゆる手段を講じ、何とか入り込み、ようやくここadministratorまでたどり着いた。……長かった』









Anonimous@admin

「………そうして、「あの子」と出会った」

今度こそ背後から、何物も通さぬ、「ひと」の声。
振り向こうとすれば、すい、と動きを制される。頭部に触れる「ひと」の手のかたち。



Anonimous@admin

「姿も現さず、はいさようなら、では君の気が済まないだろう。
 だがあまり見ない方がいい。そろそろ、かたちを保つのも難しくてね」

出会った時と同じだ。男は一方的な話者であり続ける。

Anonimous@admin

「………のちに電脳領域ニューラルスカイと称された世界。
 従来のフルダイブ装置からアバターを通したアクセスが可能だという以外、何の手掛かりもないまま、調査は始まった。
 この領域セカイは人の手で造られたものではない。
 わたしたちは勝手に侵入し、勝手に領域を侵害している、ただの「侵略者」でしかない」

Anonimous@admin

「当時はもっと頼りない命綱コードしか用意されなくてね。
 うっかり落下しかけたわたしと衝突したのが、「あの子」だ。
 「あの子」に救われたのは、幾度かあるうちの、あれが最初だったね。

 やがてわたしたちの言葉に反応するようになり、発声することを覚えた。
 新たな世界の、新たな隣人。わたしたちの興奮と歓喜は、君が想像するまでもないだろう」 

Anonimous@admin

「……君たちのうちの幾人かは、誤解をしていたようだけれどね。
 我々の作った傀儡Artificial Incompetenceであると。
 その会話は意味のない、ただの反射行動であると。

 一部の鳥がなぜ、人の言葉を覚え、繰り返すか、知っているかい。
 鳥もまた声によるコミュニケーションを用いる生物だ。
 相手の発する音が仲間を求めるものだと、同じ音を用いれば、思いを相手に伝えられると知っているからだ。
 その音声に意味はなくとも、その行動に《意味》が、《心》がないと、君は言い切れるかい?」


Anonimous@admin

「……だが、それももう、終わった」

Anonimous@admin

「予想はつくだろう。人の心を知り過ぎ、暴走した「あの子」のエネルギーは、
 いずれは複製、量産され、《兵器》へと転用される手筈となっていた。

 わたしは暴走する「あの子」を捕え、ようやくあの状態までコアを分解するに至った。
 だが力及ばず……(雑音)期の暗号コードだけが残(雑音)れた」




Anonimous@admin

「…これが「あの子」と、わた(雑音)の、すべ(雑音)だ。
 改めて、わたしから、心からの感謝を。そして、すまなかった。
 世間から賞賛されることはなくとも、君たちは、そ(雑音)(雑音)のことを成し遂げ(雑音)(雑音)(雑音)………」

次第に音声に雑音が混入し始め、頭部を制する手の感覚も次第に薄れてゆくのを感じる。
恐らくはこれが最後の機会となるだろう。






Anonimous@admin

「………は、は! そうだね、もちろん受けるとも、君にはその権利がある。
 わたしの顔に一発入れる権利が、ね!!」



(雑音) (雑音)

(雑音……)